特別研究員

森鷗外とその文化圏探求

大妻女子大学人間生活文化研究所 特別研究員
大妻女子大学名誉教授
須田 喜代次

須田先生

 近年森鷗外宛書簡の翻刻が相継いでいる。
 まず2018年11月に『日本からの手紙 文京区立森鷗外記念館所蔵 滞独時代森鷗外宛 1884-1886』(文京区立森鷗外記念館)が刊行された。鷗外・森林太郎のドイツ留学(1884年―1888年)前半に当たる時期に、家族や友人が鷗外宛に送った書簡の翻刻紹介である。既に刊行済みの留学後半期の書簡をまとめた『日本からの手紙 日本近代文学館所蔵 滞独時代森鷗外宛 1886-1888』(日本近代文学館)と合わせて、滞独時代の鷗外宛書簡、全272通全てが翻刻された。そのプロジェクトと併行するようにして、文京区立森鷗外記念館が所蔵する鷗外宛書簡・全787通の翻刻作業が始まった。この『森鷗外宛書簡集』は、第1集が鷗外生涯の親友とも言うべき賀古鶴所書簡111通を中心としたもので、第2集以降は五十音順の発信人氏名ごとに紹介していて、2025年1月現在第5集までが刊行されている。さらにもう一つ、2022年に鷗外長女・茉莉の最初の夫であった山田珠樹が所蔵していた諸家の鷗外宛書簡・約400通が、鷗外生誕の地・島根県津和野町の森鷗外記念館に一括寄託されたのである。これも今、順次刊行に向けた翻刻・注釈作業が進行中である。
 わたくしは本学在職中から現在に至るまで、これらの翻刻作業に関わらせていただいている。これらの書簡を読んでいくと、鷗外を発信人とする書簡だけを読んでいたのでは気づけない、森鷗外という文学者を包んでいた時代・文化の位相が点ではなく面として浮かび上がってくることに気づかされる。それをわたくしは鷗外という人物を囲繞していた〈鷗外文化圏〉と勝手に名づけている。森鷗外の存在を「テエベス百門の大都」とした木下杢太郎の言はよく知られているが、その「テエベス百門の大都」がどのような土壌の上に築かれたのか、これらの書簡の読解を通して、そのありようは見えてくるように思われる。
 現在もずっと翻刻ならびに注釈の作業に追われている。体力・気力、なかなかつらいところも正直あるのだが、その都度新たな〈発見〉があり、その喜びが作業を続けさせてくれる力になっている。

 

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