研究課題
科研費

美的達成を反快楽主義の立場から再検討する:非エキスパートの教育という観点から

研究代表者

森 功次

国際センター 准教授

研究種目
基盤研究(C)
研究期間
(年度)
2024年(令和6年)2028年(令和10年)
森功次

 

 美学では〈美的に良いもの(こと)がなぜ人の行動理由になるのか〉という問いに対して、快楽(pleasure)の観点から答える快楽主義(hedonism)が伝統的に主流となっていました。しかし近年、英語圏の哲学的美学(いわゆる「分析美学」)の中で、それに対抗する反快楽主義が注目を集めるようになってきています。本研究は美的価値の価値たるゆえんをめぐるこの議論を、教育論の観点から再検討しようとするものです。
 本研究では、理想的観賞者の快楽を軸としていたエリート主義的な美的価値論・美的判断論を改訂し、非エキスパートの成長・教育を説明できる実践的な理論をつくることを目指します。研究は、A)美的知覚の変容のあり方について理論化する、B)美的理由を検討する、C)美的教育論を改訂するという、三段階で進める予定です。
 まずAの段階では、近年の哲学的美学および心理学などの知見を援用しつつ、美的注意・美的知覚が訓練・教育によってどう変容するのかを理論化します。次にBの段階では、なぜ非エキスパートは(苦労してまで)美的向上に取り組むべきなのか、の理由を考察します。特にここで注目したいのは、エキスパートと非エキスパートにおける動機・達成の違いです。最後に、A、Bの成果をふまえて美的教育論の改訂を行います。中でも本研究が取り組むのは、公教育は文化教育においてどのような方針を立てるべきか、という問題です。
 本研究の独自性は、非エキスパートの成長を説明するためにという徳美学の論点を導入する点、および、近年の反快楽主義者たちが見逃しがちな「美的謙虚さをベースとした他者理解の喜び」という論点を組み込む点にあります。こうした論点をふまえたさい、公教育の方針はどのように改訂されるべきか、これが本研究が最終的に取り組む問題です。
 最終的に本研究は、やみくもに特定の美意識を押しつける芸術教育や、皆の趣味判断を無批判に尊重しようとする感性教育を改め、現代の多元文化的状況にそくした新たな教育方針を提示しようとしています。つまり本研究は最終的に、教育の現状に関してある種の規範的主張を出そうとするものです。その主張にいかに説得力をもたせることができるかが、本研究のひとつの勝負どころだと思います。

 

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