No.22
興津 妙子
文学部コミュニケーション文化学科 教授
国外からの関心を追い風に自国の教育をブランド化し、海外に輸出する動きが相次いでいます。フィンランドが、経済協力機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)における好成績を背景に、教育輸出に乗り出したのはその顕著な例といえるでしょう。2016年に文部科学省が開始した「日本型教育の国際展開(EDU-Port)」事業でも、官民の事業者による多様な教育実践が「日本型教育」として、開発途上国に積極的に発信・輸出されています。
しかし、先進国による国家ブランドを纏った教育輸出はその商業・文化覇権的性質が問題視され、教育モデルの押し付けや画一化の危惧も示されてもいます。もとより、それぞれの社会や国の価値観、文化、歴史を体現するものと考えられてきた教育が、価値中立かつ技術的なものに矮小化され、国境を越えて輸出入可能なサービス財とみなされることへの批判も挙げられています。
一方、外国の教育モデルがそれを輸入(借用)する側によって、国内の教育改革を正当化するために戦略的に用いられるケース(「外在化」)や、自国の社会文化的文脈を踏まえた上で、モデルを「再文脈化」(翻訳)しているといった、借用側の主体性に着目した先行研究の結果も広く示されています。これらの知見は、加速化する教育輸出入という事象について、グローバル規模の教育の序列化や商業化という問題意識に立脚しつつも、個別の事例のダイナミズムを丹念に実証していく重要性を示唆しているのではないでしょうか。
本研究は、EDU-Portの枠組みの下で、「日本型教育」が他国に拡散・借用・再文脈化されるダイナミズムについて実証的に解明することを目的としています。具体的には、EDU-Portのパイロット事業が集中するベトナムを事例に 、(1) 「日本型教育」の拡散過程に果たした現地の日本側関係者の役割、(2)教育モデルの借用過程におけるベトナム側の意図と政治経済的背景、(3)教育モデルの再文脈化とその過程におけるベトナム側の主体性と従属性、について検証します。さらに、現地調査で得られた結果を、既に日本で実施済のEDU-Port政策関係者や日本側事業者の視点を踏まえた研究結果と統合的に分析する予定です。
商業・文化覇権的性質が問題視される国家教育輸出政策が、グローバル規模の教育モデルの画一化や序列化を強化しているのか、あるいは輸出側と輸入側の水平的な関係性に基づく新たなモデルの創出と教育の多元化につながっているのかを検証し、教育移転研究の新たな理論的・方法論的枠組みを提示することを目指しています。