No.24
岩谷 秋美
比較文化学部比較文化学科 准教授
ヨーロッパの諸都市では12世紀以降、ゴシック様式の大聖堂が次々と建設されました。ゴシック大聖堂の多くは、華やかなバラ窓やランセット窓、精緻な装飾彫刻や頂華で飾られ、その壮麗な造形は現在でも決して色あせません。とりわけ彫刻やステンドグラスは、キリストの磔刑や最後の審判、聖母子像をはじめ、多数の聖人たちを描写し、ひとびとを信仰の世界へ誘う役割を果たしました。このように大聖堂を彩るさまざまなキリスト教図像のなかで、ソロモンは重要な図像のひとつに数えられます。
ソロモンとは、旧約聖書に登場する人物です。ダビデ(巨人ゴリアテを投石で倒した英雄であり、あるいは竪琴の名手でもあったイスラエルの王)の息子で、父親と同じくソロモンもイスラエルの王でした。エルサレムに壮麗な神殿を建てた話や、二人の女性がともに一人の子の母親と主張したときに子を半分に切るよう命じることで真相を明らかにした名君としての伝説は、あまりにも有名です。こうした旧約聖書の記述に基づきつつ、ソロモン図像はゴシック大聖堂において、知恵の象徴や優れた支配者の象徴として描写されたほか、後に現れるキリストの予兆としても表現されるなど、多彩に展開しました。
以上の状況を踏まえ、本研究は、ゴシック大聖堂におけるソロモン図像の多層的な象徴体系の解明を目指します。一般的にゴシック大聖堂の図像プログラムには、複雑な意味や教義が背景にあることが多く、その隠された象徴性を解読し全体像を捉えるためには、多角的な分析が欠かせません。そこで本研究では、ソロモン図像を特徴づける次のふたつのコンテクストに基づき、新たな解釈を提案するかたちで考察を発展させる方法をとります。ふたつのコンテクストとは第一に、ゴシック期に信仰の高まった聖母マリアや聖母子図像とソロモン図像の関係です。そして第二に、世俗の皇帝や国王と関連付けた王権表象としての機能とソロモン図像の関係です。以上を踏まえつつ、図像解釈だけでなく、大聖堂建築の構成や構造との関係にも注意を向け、研究を深化させる予定です。