巻頭言
巻頭言

現地へ赴き、調査ができる日が来たら

 新型コロナウイルスが引き起こしたパンデミックにより海外渡航が著しく制限されてきたため、海外でのフィールド調査や史資料収集が必須である研究者にとって、この2年間は誠につらい日々でした。人間生活文化研究所にかかわる研究者にもそう思われている方々がおられると思います。アメリカ先住民研究者である私も、パンデミック以前は毎年のように先住民保留地を訪れていましたが、まさかこんなに長く、現地やそこに暮らす人々と切り離されてしまうとは思いもよりませんでした。またたとえアメリカに行くことができていたとしても、医療体制が脆弱な先住民保留地はアメリカで最も感染症が蔓延する場所となっていたため、とてもよそ者が入り込める状況にはありませんでした。このように、研究のために行きたいところに行かれない、会いたい人に直接会うことができないという経験を初めて味わいました。

 しかし、こうなってみて改めて思い返したのは、戦後まもなく外国研究を始めた私の恩師たちの世代のことです。今のように自由に海外渡航ができないなか、必要な文献を取り寄せるにしても相当な時間がかかり、また生の史資料にいたってはなかなか入手できないという状況を抱えながらも、使える材料を駆使して、なかなか高度な研究成果をあげていました。それらの先行研究があってこそ、今の私たちがあるのですが、自戒を込めて言えば、最近の研究のなかには、気軽に海外渡航ができるようになったがために「素朴現場主義」に陥り、哲学的な思索を欠いた現場報告に堕するものもあるように感じられます。

 いずれこのパンデミックも収まり、また現地へ研究者が出かけて行かれるようになる日が来るでしょう。しかしその時には、ただ現地へ行かれることのありがたさを喜ぶだけでなく、現地に行ったということにふさわしい成果をあげられるよう、改めて気を引き締めていきたいものだと思っています。

大妻女子大学比較文化学部 学部長

佐藤 円

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