シリーズ「特別研究員(Senior researcher)-研究成果の紹介」5

ことばと情動のあわい
ー 日英語の関連性モダリティ

大妻女子大学人間生活文化研究所 特別研究員
大妻女子大学名誉教授
河野 武

河野 武

 精神には思考と情動が宿されています。思考は事態のもつ事物と事柄の面について客観的・分析的(論理的)に認識されたものであり、情動は内的事態に引き起こされた心の動きについて主観的・全体的に感じ取られたものです。言葉はこの二つの要素を取り込んで表現します。本書では、言語学・語用論の視点から言葉の情動的側面に光を当てます。
 第一に、言葉は情動を語彙によってカテゴリー化します。様々な次元に関わる<好ましさ>を表示し、それへの期待の充足・非充足を応答詞などで表出します。
 第二に、言葉は、生起した情動への気づきを「表出」したり、すでに認識された情動を「記述」したりします。感動詞や文副詞がその担い手です。
 第三に、言葉はイントネーションによって「関連性モダリティ」の中核的成分を表示します。発話は認知(コンテクスト)効果が大きいほど、また処理負担が小さいほど関連性が高くなりますが、発話は両者のバランスが取れた最適な関連性をもつように意図されています。一方で、関連性モダリティは発話の関連性への話し手の発話態度を表し、関連性判断と関連性意識の判断モードで、それぞれ<主張>を下降調・平板調で、<質問>を上昇調で具現します。
 第四に、関連性モダリティは発話内容が話し手、聞き手、双方の誰にとってとりわけ関連的かを区別します。日本語の終助詞、係り結びの係助詞、応答詞がその指標です。
 第五に、言葉は相対的に重要な情報を焦点化して際立たせます。これには強調・対照強勢や分裂文が関わります。焦点化構文には、さらに、関連性モダリティの一環として関連性の度合いを上げる機能をもつ英語のit 分裂文や古典日本語の係り結び構文や「のだ」構文があり、発話が「最大の関連性をもつ」ことの話し手による保証が伴います。また、これとは逆に、関連性の度合いを下げる機能をもつ平板調があります。
 このように、言葉は情動を重層的に取り込み、発話に精彩と温もりを添えます。

ことばと情動のあわい

書名:
ことばと情動のあわい
ー 日英語の関連性モダリティ
(開拓社)
著者:
河野 武
ISBN:
978-4-7589-2375-0 C3080
河野 武(こうの たけし)

大妻女子大学名誉教授(平成28年3月まで文学部英文学科教授)大妻女子大学人間生活文化研究所特別研究員。専門は言語学、英語学、語用論。1944年千葉県生まれ。国際基督教大学大学院教育学研究科英語教育法専攻修士課程修了(教育学修士)。1980〜1981年米国カリフォルニア大学サンディエゴ校言語学科客員研究員。<著書>『名詞』(現代の英文法 6 )(共著、研究社)、『関連性モダリティの事象 ―イントネーションと構文―』(開拓社)、など。 <論文> 「イントネーションの関連性モダリティ理論」(『音韻研究―理論と実践』、開拓社、1996年)、“Relevance Properties of English Inversion” (Linguistics: In Search of the Human Mind ― A Festschrift for Kazuko Inoue, Kaitakusha, 1999)、「ことばと感情―英語の間投詞」(『〈不思議〉に満ちたことばの世界』(中島平三先生退職記念刊行物)、開拓社、2017年)、など。 

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