研究課題
科研費

ギリシア神話に回収されるキリシタン:近世擬古典ラテン語文学における日本の受容

研究代表者

渡邉 顕彦

比較文化学部 教授

研究種目
基盤研究(C)
研究期間
(年度)
2022年(令和4年)2024年(令和6年)

 

 

 古代ギリシア・ローマの文献を基盤とする、いわゆる西洋古典伝統と日本文化の出会いや融合は例えば20世紀の文豪三島由紀夫(1925- 1970)の諸作品やより最近では漫画および映画シリーズ『テルマエ・ロマエ』が有名ですが、歴史を辿ると16世紀後半~17世紀前半の「キリシタン時代」にまで遡れます(文字テクスト以外の発掘物ですと古墳の副葬品にまでその痕跡がみられるという指摘もあります)。キリシタン時代に日本人用に印刷された教科書や、彼ら自身や外国のカトリック教会関係者達が書いた文献からは、近世の一部日本人、主にイエズス会系学校で教育を受けた人物達が、古代の文献を含む西洋古典伝統の原典に、原語(ラテン語)で触れ、また擬古典ラテン語で作文できるようになっていたことが確認できます。

 中世より後、近世から現代に至るまでに作成された膨大な量のラテン語文献は、現在Neo-Latin(英)やNeulatein(独)などど称される学術分野の研究の対象となっています。日本語で「新ラテン語」と訳すとあたかも新しい言語であるかのように聞こえるので私は「近世ラテン語」や「擬古典ラテン語」というタームを文脈によって通常使い分けますが、この類のラテン語は、当時(キリシタン時代)の日本人が触れ、また作成していたものを含め、おおむね中世ヨーロッパで使われていたものよりも、ルネサンス以降の人文学者たちの研究成果を活用した古典的なものです。それ故、これら「新ラテン語」文献は西洋古典の素養がなければ吟味読解することが出来ず、しかしながら加えて近世以降の、これら文献が成立した時代の知識も必要とされるので長らく等閑視されてきました。特に19世紀半ば以降、欧州におけるナショナリズムの高まりと共に、どの民族伝統にも属さない、ある意味「まがい物」である近世以降の擬古典ラテン語文献は、実に膨大な量が現存しかつ大胆に時空を超えた知的作業の集積であるにも関わらず、欧米の中の忘れられた遺産と化していきました。

 現在、この「新ラテン語」研究はまだまだ全世界的に発展途上ですが、その中で様々な、今まで忘れられてきた興味深い事象が再発見されています。これら事象の一つとして、私は日本情報の受容と、ギリシア神話を含む西洋古典伝統との意外と深い融合も挙げられると考えます。この研究で取り上げる予定の文献の中には、例えば17世紀前半にスペインで、擬古典ラテン語で書かれ出版された、アルゴ船神話といわゆる日本二十六聖人の殉教を重ね合わせた小冊子や、18世紀初頭にポーランドで作成上演された、日本にメルクリウス(ギリシャ名ヘルメス、伝令の神)が登場し奇跡的な十字架発見を告げる(1589年に現在の雲仙市小浜町で起きたとされる出来事が基になっています)などがあります。

 

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