研究課題
科研費

フィリピンに消えたキリシタン:
近世スペイン領マニラにおける日欧華文化交流の諸相

研究代表者

渡邉 顕彦

比較文化学部比較文化学科 教授

研究種目
基盤研究(B)
研究期間
(年度)
2026年(令和8年)2029年(令和11年)

 


 フィリピンは日本から飛行機で4時間ほど南にあり、間に台湾島をはさむが隣国といってもいい。現在の人口は四捨五入すると1億2千万人、日本とほぼ同じで、国土規模や、南北に長い列島という地理条件も日本と似ている。今年5月末にはマルコス大統領が日本を国賓訪問され、外交、経済などにおいて日比関係は強化されている。
 経度がほぼ同じ(約15度しか違わない)両国は、西洋と出会ったのも16世紀半ば、ほぼ同時期であるが、現代までの西洋との関係は対照的である。フィリピンは長らくスペインやアメリカの植民地であり西洋文化を直接的に受容し今でも非西洋地域として最もキリスト教が広く根付き(カトリック教徒が人口の8~9割である)、国民の英語能力もアジア太平洋地域の中で最高レベルにあるが、経済的にはまだまだ伸びしろがあると言われ続け今に至る。対して日本は長いいわゆる鎖国禁教を経てから自律的自主選択的に西洋文化を受容し、経済的技術的には非西洋地域の中で最も近代化していると評されることが多く、同時に国民のキリスト教信者率と英語試験結果はフィリピンとは対照的に世界比較で最下位にある。
 このように歴史的文化的に好対照をなす日比であるが、両国の関係は16世紀より前、倭寇の時代にまで遡れることは確実であるものの、いまだ不明点が多い。今回採択された科研課題は、17世紀初頭に3000名程度いたと言われる在比日系人、そのおそらく大多数は日本の宗教弾圧を逃れた難民であったわけだが、彼らの痕跡を国内外の専門家の知見を結集して探りデータ統合することを目的とする。在比日系人は17世紀から19世紀にかけてフィリピン諸地域に散らばりその痕跡は諸種の住民統計、納税、教育、裁判、結婚、誕生死亡等の記録に登場し、また絵画や彫刻、建築などにも見られるのではと推定される。現在も、自分たちの家系は明治期より前の、古い日系移民に遡れると称する現地の方々もいる。
 本研究の企画・申請にあたっては、大妻女子大学人間生活文化研究所より共同研究プロジェクト助成を複数回頂けたことも決定的な役割をはたした。特に2024年度と2025年度、同助成により、学内外の参加者とフィリピン研究調査を敢行できたことは大変ありがたく、参加メンバーのうち複数名が本研究の分担者にもなっている。本研究の採択が判明したのも25年度の研究助成で企画したフィリピン調査の最終日、マニラの空港を飛び立つ直前であった。人間生活文化研究所や、学内外国内外でこの研究を支えアドバイスをくださった皆さまに感謝の念は尽きない。

 

Caysasay教会・修道院

17世紀前半造と推定されるバタンガス州Caysasay教会・修道院。フィリピンに渡航したキリシタンもこのような教会で礼拝したかもしれない。
(撮影:黄栩柔さん)


 

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