
No.26
塩野 加織
文学部日本文学科 准教授


このたび採択された研究は、作家井伏鱒二(1898-1994)の著作と同時代の文学の動向を、訳述行為という視点から考えようとするものです。井伏鱒二は、およそ70年にわたり執筆活動を行った作家ですが、言葉を訳す(ここでは便宜的に「訳述行為」と記す)ということに対して、注意深いまなざしを注ぎ続けた書き手の一人でもありました。その著作には、外国語小説の翻訳や古典文学の現代語訳、漢詩の訳詩集等に加えて、自らの小説においても、歴史資料の祖述を「訳す」という言葉で物語化したものや、「方言」を「標準語」に「翻訳する」際に生じた問題を浮上させるもの、さらには音を文字に表す音声転記を訳述との相関で描いたものなどがあり、訳述行為が意図的に用いられています。本研究はこの事実から出発し、広義の訳述行為がもつ批評性とその射程を検証することを目的としています。そのために、井伏作品をはじめ同時代の様々な資料体の言説分析や、作品の流通過程の調査、読者側の受容をめぐる分析等を複合させながら、この訳述行為にみられる文学的・思想的意義を解明することを目指しています。
一般的に「翻訳」や「訳す」といえば、ある言語から別の言語に移し替えることや、そうして出来上がった創作物を指す場合が多いかもしれません。しかし、同じ言語内でも、なじみのない事柄や複雑な内容をあえて平易にしたり要約したりする際に、しばしばこの表現が使われることがあります。また他方で、「翻訳」や「訳す」という行為は、伝え方や伝わる内容次第で誤解やあつれきの種にもなり、場合によっては、人の尊厳を傷つけ生命を脅かすことすらありえる、ある種の刃を持った言語コミュニケーションの方法だと言えます。言葉を訳すという行為は、異言語間の情報伝達に止まらず、言葉を交わして意思疎通を図ろうとする局面で様々な作用を及ぼすものであり、今回の研究は、そうした性質を文学作品や出版文化の中から詳しく探っていくための試みでもあります。
文学がつくられ、流通し、読まれるまでのプロセスにおいて、訳述行為というのは、実体的行為でありながら表象としても多分に機能する性質があります。たとえば戦時下の徴用作家(井伏もその一人でした)は、戦時体制の趣意を人々に「訳す」ことが称揚され期待されていましたし、1950年代の日本文学海外普及計画政策では、日本文学の「輸出」のための翻訳が盛んに議論されていました。文学作品に描かれた訳述行為のみならず、こうした歴史的出来事や事態としての訳述が担った機能と功罪も精査する必要があります。井伏鱒二という作家個人の研究史にとどまることなく、近現代の出版文化と訳述行為の相関性を視野に入れながら研究を進めたいと思っています。