
No.26
牧野 智和
人間共生学部社会学科 教授


今日の社会では、人々のさまざまな「感情」がかつてないほどに多く表出され、人々と社会に影響を与えるようになっています。たとえば、オンライン上を中心に人々のさまざまな楽しみや喜びがかつてない量で日々表現されています。また、各種のことがらに対する怒りが日々各所で「炎上」し、人や企業のイメージが乱高下したり、逆にそれによって利得を得る者が少なからず生まれてもいます。そして、そうした怒りを憎しみ(ヘイト)へと固着させ、オンライン上に留まらない党派を形成して特定の人々を排除しようとする者も後を絶ちません。これは世界的な動向というべきで、アメリカの社会学者ホックシールドは、アメリカ大統領選挙におけるトランプの勝利は、アメリカ中部で過ごす人々に特にみられる「怒り」と「嘆き」という感情がもたらしたものだと指摘しています。
このように感情は、人々と社会を動かす大きな力になりつつあるものとして、世界的に、また学術的にも注目度を高めています。本研究はこのような潮流を踏まえて、社会学の立場から「感情についての人々の知識や態度に関する広範囲で複雑な意味の解釈枠組み」としての「感情文化」に注目して経験的な分析を行おうとするものです。具体的には、感情をめぐるさまざまなドキュメント資料の分析を通して、現代においてどのような感情が望ましいとされ、またどのような手法によってそれがどう操作されているのかという「感情をめぐる意味体系」を明らかにすることに取り組んでいきます。
感情という対象は一般的には心理・生理的に内属する普遍的なものと思われているかもしれませんが、内属的側面だけでは感情を理解することはできません。上述したホックシールドは「感情労働」という概念の提唱者としても知られていますが、その概念は感情という対象が、たとえばサービス業など特定の社会的文脈において、特定のかたちで管理・操作されていること(つまり、感情が内属的な側面ばかりではないこと)を分かりやすく示す一例です。感情労働研究は主に労働を行う当人とその周辺に焦点を当てますが、感情文化研究は、感情を意味・価値づけるより広い社会的文脈に注目しようとするもので、世界的に見ても発展途上のテーマだといえます。このテーマに取り組むことで、社会学の一分野である感情社会学の発展を促し、また私たちの社会における感情のあり方が世界各国と比べてどういう点で共通し、またどう異なるのかを明らかにしたいと考えています。