研究課題
科研費

仮名本『曽我物語』後期本文の劇文学としての萌芽

研究代表者

小井土 守敏

文学部 教授

研究種目
基盤研究(C)
研究期間
(年度)
2023年(令和5年)2025年(令和7年)
小井土守敏

 

 『曽我物語』の作品世界は、非常に伝承性が強く、真名本、訓読本、仮名本と大別される諸本それぞれに、本文が整えられていった時代や地域特有の伝承世界を投影していると考えられています。そしてこの物語が後代の作品、文化、思想に与えた影響は大きく、様々な領域への広がりも見せており、日本文化史においても重要な作品であるといえます。そうした中で、特に私は、仮名本の出現に大きな関心を寄せています。仮名本『曽我物語』出現の背景には、歴史の「物語化」、そして「大衆化」があると考えています。そこには、物語の劇化(ドラマ化)が進んでいくために普遍的な展開があると考えられます。人々が物語に求めるものはなにか、そして物語本文はどのようにそれに応えていったのか、という点に、本研究の問いがあります。
 たとえば、仮名本系統の諸本においては、流布本などの後期本文になっていくと、登場人物の心情描写に踏み込んだ表現が増幅されていったり、文章が七五調を帯びてきたりします。このことは、『曽我物語』という作品の質的な変容を表しているといえます。その変容の様子を探ることで、「物語とはなにか」というような問いにも迫っていけるのではないかと考えています。
 本研究課題における一義的な目的は、武田本と称される仮名本本文に注釈を施すことと、同じく円成寺本と称される本のテクストを確定することにあります。この二つの本は、仮名本『曽我物語』諸伝本中、重要な位置を占めるものです。武田本の本文の紹介、並びに注釈を施すことは、『曽我物語』研究者の間で、長らく待たれてきたことでした。後期本文の入口に位置すると考えられる武田本の解明は、仮名本本文生成の環境・時代や文化的背景を明らかにすることになります。その武田本における本文変化に関与した本文として円成寺本を精査することで、こうした本文変化が武田本のみに特異的に生じたものではなく、『曽我物語』という作品に生じた中間段階の変化と捉えることができるのではないかと考えています。これらの変化を、物語の〈劇化〉の萌芽として位置づけ、作品としての転換点であったことを指摘しようと考えています。そして、謡曲や幸若といった舞台芸術や、屏風絵等の絵画資料といった他領域へも広がりを見せるテクストを解明することによって、室町期から近世初頭にかけての『曽我物語』という作品に期待されたものを、多角的にとらえ直すことができるのではないかと思っています。

 

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